天理参考館
TENRI SANKOKAN MUSEUM

参考館セレクション

世界の考古美術布留式土器(ふるしきどき)

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奈良県天理市 布留遺跡布留(堂垣内)地区出土(1938年調査)
古墳時代前期 5世紀
二重口縁壺の口径16.5㎝ 土器
資料番号:

展示中 1-0

布留遺跡で最初に発掘調査が行われたのは、布留(堂垣内)地区でした。1938年、天理高等女学校のプール建設に際して、偶然遺跡の存在が確認され、末永雅雄・小林行雄・中村春寿氏等によって発掘調査が実施されました。
この調査ではA・B・C地点で石敷遺構が検出され、住居址としての可能性が指摘されました。しかし、その広がりが2㎡ に満たない上、まばらな敷石であったため、これを住居跡と断定するには躊躇を感ずると報告されています。
興味深いのは、この敷石の上に木炭片を含んだ黒土層や灰層が認められたことで、土器類はほとんどこの敷石から集中して出土しました。土器は土師器(はじき)甕・壺・高杯・小型丸底壺を主とし、須恵器が少量あります。このほか、A地点からはいわゆる滑石製模造品(かっせきせいもぞうひん)と呼ばれる玉類や櫛が出土しています。その後の調査の類例などから判断すると、この敷石遺構は祭祀にかかわるものであったと考えられます。
また、出土した土器の一群は、当時知られていた土師器のなかでも古い様相を示すことから、遺跡の名をとって「布留式土器」の名が付けられました。これは今日、古墳時代前期の土師器を代表する名称となっていて、本調査が学史上大変重要な意味をもっていることが分かります。本調査の重要性はそれだけではなく、出土した碧玉(へきぎょく)片の存在から布留遺跡で玉作りが行われていたことが推測されたほか、鉄器工房の存在を予想させる鉄滓(てっさい)などが発見されていることです。
調査の詳細については不明ですが、以上のように、布留の祭りや玉工房、鉄器工房など、布留遺跡を特徴づける諸要素がこの時の調査で確認されていたことは重要です。