天理参考館
TENRI SANKOKAN MUSEUM

参考館セレクション

世界の生活文化犬の御殿玩具(いぬのごてんがんぐ)

加賀(石川) 江戸時代末
右:全高10.8cm 左:全高5.3cm
資料番号:右:90.0071 左:90.0073

展示中 1-0

2018年(平成30年)は戌年です。「戌」は、鉞(まさかり)の大きな刃の部分を中心に描いた象形文字が基になっていて、後に下の刃が独立して「一」になり、今日の文字になったと言われています。なにやら怖いイメージを抱きますが、「犬」はいにしえより人間にとって最も身近な動物でした。犬は忠実で多産なため、日本でも安産・豊穣・繁栄の象徴とされ、『桃太郎』や『花咲爺』など昔話にも数多く登場します。玩具のモチーフとしても多様で、日本全国、犬の郷土玩具がない地域はほとんどありません。
これは、公家や大名、富裕な商人の間で愛玩された御殿玩具です。豪華な張子練物玩具類を一般的に御殿玩具と称します。名称の由来は不明ですが、江戸時代の文化文政期(1804~1830)からたくさん作られるようになりました。伏見人形をはじめとする土人形が全国的に流布するのと軌を一にしています。このころ社会が落ち着いて人々の経済力も上がり、玩具に目を向ける余裕が生まれたためと考えられます。ただ、土人形は安価で庶民向けですが、御殿玩具は素地の紙の厚さや極めて細かい胡粉を塗った丹念な塗り、裏側まで手を抜かない上品な描彩が施された高級品でした。大きいものでも手のひらにのる大きさで、振ると音が出るよう内部に子鈴を入れたりもします。軽いので、子どもが顔にぶつけてもけがをすることはありません。犬や福良雀(ふくらすずめ)、振槌(ふりつち)、亀など目出度い主題が選ばれました。なかでも犬は、「宿直狗(とのいいぬ)」の項でも述べたとおり、子どもを守ってくれる存在であり、人気がありました。
2点とも加賀百万石の城下町、金沢の御殿玩具です。右は房の付いた緋縮緬(ひじりめん)の首輪を実際に巻き、胡粉を厚く塗り重ねた上からたっぷりと朱を塗り、さらに胡粉を点描して縮緬生地の前垂れを表現しています。頭頂部には、仏教において霊験をあらわす宝珠(ほうじゅ)を描き、大和絵風の模様を背中一面に盛り上げて彩色した典雅な狆(ちん)です。犬のなかでも富裕層が室内で飼うのは狆が多かったため、御殿玩具の犬はほぼ狆です。ふくよかなスタイルですが、すっくと立ち、まっすぐ前を向く姿に気品が感じられます。左は銀箔押しで、頭頂部の宝珠には縮緬が貼り付けられた豪華な一品です。こちらも、緑の色糸房付き緋縮緬の首輪を巻いています。背中の菊花模様は、絵具も色鮮やかに、花弁一枚一枚を相当な厚さで盛り上げて描いています。小さいながら表情も豊かで、前足を少し上げて首を傾けた愛らしい仕草をする狆です。